黒猫の見る夢 if 第18話


スザクと藤堂による会話。
その意味を周りにいる者は理解できなかったが、スザクが日本に対し罪の意識を持っており、そのためにたった一人で日本を取り戻すため戦っていたのだということだけは理解できた。
そしてそれは、当時の日本の上層部の決定でもあったのだという。
ゼロは、これ以上その話をさせるつもりはなかったし、何よりスザクに話を聞ける空気ではなくなったため、スザクとアーニャを騎士団本部内に監視付きではあるが賓客扱いで入れることとなった。
その時、スザクが「ルルーシュに会わせて欲しい」と口にし、アーニャも「私も会いたい。大丈夫、全部知ってるから」と言ったため、護衛という名目でゼロはカレンとC.C.、ジェレミアを連れ、ルルーシュが保護されている事となっている部屋へ移動した。
専用通路の奥には厳重な施錠と2重扉。
その部屋は元々皇族であるクロヴィスが使用していた、この政庁内で最もセキュリティが高い部屋なのだという。
その部屋の中へ全員が入ると、ルルーシュは厳重に鍵をかけた。
無駄に広く豪華な造りのその部屋は、クロヴィス亡き後も家具はそのまま残されていた。
設定上、ルルーシュはこの部屋の奥にある寝室に隔離されていることになっている。 だが、ここにいる面々はゼロ=ルルーシュということを知っている者たちなので、ルルーシュはその場で仮面を外した。
カシャリと仮面のギミックが作動する音がし、その下から艶やかな黒髪が現れた。
口元の布を引き下ろすと、苦笑しながらルルーシュはスザクを見た。
アーニャの話から推測するに、スザクはルルーシュが元に戻っていると読んでいる。
猫で無くなった以上、スザクが再び憎悪を向ける事は分り切っていた。
スザクが優しく接していたのは、あくまでもスザクが猫好きで、瀕死の猫を放っておけなかったから。
そしてかつての友人とは言え、獣に姿を変えられた者に対する同情と憐れみ。
人の姿に戻った以上、それらはすべて消え去る。
だから、再び憎悪に歪んだ目で見られ、存在を否定する言葉を投げかけられる覚悟はしていたが、スザクの反応はルルーシュの予想に反したものだった。
その顔には憎悪ではなく、向日葵のような明るく優しい笑みを浮かべたのだ。

「ルルーシュ、会いたかった!」

そう言いながら、スザクは仮面を脱いだルルーシュに力いっぱい抱きついたのだ。

「良かった、ちゃんと人の姿に戻れたんだね。きっとそうだと思ってたけど、ああ、ほんとに良かった」

ぎゅうぎゅうと力を入れて抱きしめられ、しかも頬ずりまでされて、苦しさと困惑で頭はパニックを起こし、思わずスザクを引き離そうとしたのだが。

「スザクずるい。私も」

スザクが正面から抱きついているため、アーニャは背中からルルーシュに抱きついた。
こちらも負けないと言わんばかりにギュウギュウと締め付ける。
逃げ道も塞がれ、ルルーシュは益々混乱した。

「ちょっ、アーニャ、なんで君まで抱きつくのさ!ルルーシュから離れてよ!」

スザクは更にギュウギュウと抱きしめてきた。
これはあれか?表面上は人畜無害と言っていい素晴らしいほどの笑顔だが、内面は怒りで怒り狂っていて、二人の間に挟めることにより俺を絞め殺そうとしているのか!?なるほど、殺気を出して掛かって来るよりも、成功率は高そうだ。窒息死が先か、骨が砕け、内臓が損傷するのが先か、確率で言うならば・・・。
混乱したルルーシュの思考はおかしな方向へと飛び始め、このままでは拙いと、ジェレミアとカレンが二人をどうにかするようと動き出した時。

「嫌。離れない。私、ルルーシュ様の騎士になる。いい?」
「え!?」

二人に抱きつかれ、その上騎士発言までされたのだ。
ルルーシュは思わず驚きの声をあげた。
俺を殺しに来たんじゃないのか?と、頭はフリーズしかける。

「駄目!ルルーシュを守るのは僕だよ。ね、ルルーシュ」

その上、スザクには至近距離で、にっこりと邪気の無い、それはいい笑顔で微笑まれてしまい、あまりにも予想外のこの状況にルルーシュは完全にフリーズした。

「何いってんのよあんたたち!ルルーシュから離れなさいよ!」

スザクとアーニャの発言に、ゼロの親衛隊隊長であるカレンは冗談じゃないと、二人をルルーシュから引き離しにかかった。何せ今現在ゼロを守る役目を担っているのだから、実質彼の騎士のようなものだ。敵国のラウンズが突然やってきて、その場所を奪おうなんて図々しい。

「カレンには関係ないだろ?君はゼロの親衛隊なんだから」
「そう、関係ない。私はルルーシュ様の騎士になる。ゼロじゃない」
「だから駄目だって。ね、ルルーシュ。僕以外を君の傍に置くなんてありえないよね?」
「ゼロはルルーシュなんだから、同じことでしょ!離れなさいって!」

力を込めて引き離そうとしても、離されてたまるかと二人もぎゅうぎゅうに締めあげる。そんな中心にいるルルーシュが耐えられるものではない。硬直はいまだ解けてはいないが、かなり苦しいのだろう、顔色が悪くなっていった。
これはまずいなと、C.C.はジェレミアに声をかけ、カレンに加勢し、どうにかルルーシュを取り戻した。
ぐったりとしたルルーシュをソファーに座らせ、その横にC.C.が座り、その前にジェレミアとカレンが立ち、鉄壁の防壁を引いた状態で二人と対峙する。

「ひどいな。いいじゃないか抱きしめていても。離れていた間の分ルルーシュを補給させてよ」
「補給って何よ補給って!」
「君には関係ないよ」
「関係あるわよ!私は彼の親衛隊長よ!」
「彼じゃなくゼロだろ?事実はともかくゼロとルルーシュは別人で、ルルーシュは実験の影響で心を壊して静養中なんだから、ゼロの親衛隊である君がルルーシュを守るのはおかしいだろ。でも、僕はC.C.が放送で流したように、元々彼とは親友で、本国でも世話をしていたんだから適任だし、誰も疑問は持たないよ」
「ほう、体力馬鹿の枢木が、まともなことを言うとはな」

C.C.は予想外だという目でスザクを見た。
この内容で攻められればカレンに勝ち目はない。
だが。

「ルルーシュの世話は、元々ルルーシュとナナリーを守り続けていた私がする。そしてアッシュフォードにいる間、この兄妹の世話をしていた咲世子も居るから問題はない。先ほどまで皇帝直属のラウンズであり、その上裏切りの騎士の異名を持つお前を、ルルーシュの傍に置けるとでも?もしかしたらこれも皇帝の策の一つで、ルルーシュとナナリーを連れ戻される可能性がある。だから、その申し出は却下だ」
「確かにそう考えることもできるけど、僕はあんな計画を立ててたあの皇帝のもとに戻る気はないよ。だから問題はないし、君はゼロの共犯者なんだろ?咲世子さんもナナリーの世話があるわけだし、やっぱりここは僕に任せるのが一番だよ。それにルルーシュが猫になった原因は僕にもある。そして世話をしていた時のことも考えると、男として責任はとらなきゃね?」

だって、ルルーシュに死ぬほど恥ずかしい思いを沢山させちゃったから。
にっこり笑顔でそう言うその男に嫌な予感を覚えたのはC.C.だけではなかった。
カレンとジェレミアも思わず眉を寄せる。

「責任、だと?」

C.C.は自分のその予想が外れて欲しいと願いながらそう口にした。

「うん、だからね、責任を取ってルルーシュを僕の」
「待て、言うな!聞きたくない!」

笑顔で頷き話し始めたスザクに嫌な予感は最高潮まで達し、C.C.は思わずスザクが話しているのを強制的に止めた。
そのことに、スザクは「どうして?」と目を瞬かせたが「あ、そうだよね。まずルルーシュと二人きりで、ちゃんと話をしてからだよね」と、にこやかに笑った。
話ってなんだ話って。
そう思いながらも、C.C.とカレン、ジェレミアは一つの結論に達していて、それだけは阻止せねばと心に誓った。
ジェレミアと咲世子にだけは説明しているが、ルルーシュはすでに不老不死。
命に限りのあるスザクのその願いはどの道聞けないのだ。

「俺と話を?」
「うん、それは後でねルルーシュ」

ようやく立ち直ったルルーシュは、笑顔のスザクを見つめた。

「ああ、わかった。だが、さっきも言ったが、俺に騎士はいらない。俺はゼロである以上ルルーシュとして居る時間は殆ど無いからな。それに身辺警護なら、元々アリエスの警護をしていたジェレミアと、C.C.がいるから問題はない。だから、アーニャ。もしよければ、ナナリーの騎士になってくれないか?」
「ナナリー様の?」
「ああ。君はアリエスにいた時、俺よりもナナリーと仲が良かっただろう?ナナリーには咲世子をつけてはいるが、咲世子は騎士団の優秀な諜報員でもあるから、ゼロとしては常にナナリーの傍に置いておくことは出来ない。だから、アーニャ。あの子の傍にいて、あの子を守ってくれないか」

頼めないだろうか?
ルルーシュはそう、アーニャに尋ねた。

「ルルーシュ様の騎士は駄目?」
「俺は騎士を持たないし、必要はない。俺はゼロとして生きるから」

どの道年を取らないルルーシュは、ルルーシュとして表に出られる時間は短い。
ゼロであれば仮面で隠せる。
だからこそ側近の咲世子とジェレミアにはすべてを話したのだ。
カレンには悪いが、これ以上その秘密を誰かに伝えるつもりはない。

「絶対?」
「ああ、すまないアーニャ」
「わかった。ナナリー様の騎士になる。ルルーシュ様のお願いだから。大丈夫、ルルーシュ様の代わりにナナリー様を守るから、安心して?」

アーニャは先ほどまでより自然な笑みでそう答えた。

「ありがとう、アーニャ」

その答えにルルーシュは感謝の言葉とともに優しい笑みを浮かべた。アーニャの今までの精神状態を考えれば、彼女が皇帝を裏切りここに来たのは真実。彼女の眼は真剣で、ルルーシュに仕えたいのだという思いが伝わってくる。
だからこそ、ナナリーを預けられる。
幼いころ屈託のない笑みで笑い合っていたナナリーとアーニャ。
いつかまた二人で笑いあえる時が来るだろう。

「でも、僕はルルーシュを守るよ。ゼロでいる時間が長いならゼロもね」
「それは無理だな。日本に戻った以上、枢木ゲンブの息子として、カグヤとともに日本を再建するための指揮を取らなければならない。幸いC.C.のあの放送のおかげで、お前に対する悪いイメージは好転しつつある。それにお前はブリタニア人の中で長く暮らしていたから、他の日本人よりブリタニア人に対しても優しい政治を行えるはずだ。黒の騎士団が武力で日本を取り戻したが、いまだ多くのブリタニア人が日本に残っているからな。アッシュフォードの学生もそうだ。だからお前は」
「嫌だ」
「スザク!」
「君の傍でやれと言うなら喜んでやるけど、君と離れて日本のためになんて嫌だ」
「日本を取り戻すためにその身を捧げていたんだろう?」
「うん。だけど君たちが取り戻しただろう?これからブリタニアがどう動くかは知らないけど、攻めてくるなら日本を守るために戦う。だけど、復興に関しては僕は手を出すつもりはない」
「悪いが、さすがに黒の騎士団にお前を置くわけにはいかない。お前は今まで敵だったからな。それにゼロにはカレンがいる」

ルルーシュがカレンに視線を向けると、カレンはその顔に満面の笑みを乗せ「ええ、ゼロは私が守る!」と力強く言った。何度もゼロを守るのは自分だと口にはしていたが、あの時、ゼロであるルルーシュを見捨てた裏切り者でもあるのだ。きっとルルーシュは許しはしないだろう。それでもゼロの親衛隊長という地位はそのままにされていた。
もう二度と裏切らない。
そう何度も誓い、口にしても、ルルーシュが自分をどう見ているかなんてわからなかった。でも、ここでルルーシュはゼロにはカレンがいるとそう、口にしたのだ。
これがどれほど嬉しい言葉か、きっとルルーシュにはわかっていないだろう。
でも、それでいい。
過去の汚点はこれからの行動で消して見せるから。
そんなカレンの様子に、スザクは気に入らないと眉根を寄せた。

「そんなこと関係ないよ。だって、君は僕の」
「ルルーシュは私のものだ。お前にやるつもりはないよ」

再びスザクが口にしようとしたので、C.C.は先手必勝とばかりにそう口にした。

「ナナリーにも、ずいぶん前に話していることだ。ルルーシュと私は将来を誓い合った仲だ」

その言葉に、スザクは目を見開いて驚き、ルルーシュとC.C.を交互に見た。
カレンも絶句し、口をポカンと開けて二人を見ている。
ゼロの愛人と呼ばれ、同じ部屋を使用していたのだが、その可能性をカレンは考えていなかったらしい。
事情を知っているジェレミアは、その言い方はどうだろうと思いながらも口を閉ざした。
将来を誓い合ったという意味は、結婚を示しているわけではないが、すべての後始末を終え、ゼロが必要無くなったら、C.C.と姿を消すつもりのルルーシュとしては、言い方はどうあれ間違いではないなと、受け入れていた。
以前ナナリーの前で宣言された時は全力で否定したが、永劫の時を共にに生きる以上間違っているとも言い難い。そのため、ルルーシュも否定せず口を閉ざしていた。
あのルルーシュが否定しないことで、スザクはさっと顔色を変えた。

「ちょ、待って!?ルルーシュどういうこと!?僕というものがありながら将来を誓ったって・・・あ、そういえばクラブハウスの君のベッドに緑の髪の毛が落ちていたことがあったけど」
「私のだろうな。ルルーシュと同衾していたから、残っていてもおかしくはない」

しらっとそう言い切ったC.C.の言葉に口を閉ざしたスザクはルルーシュを見た。
だが、ルルーシュも平然とその言葉を聞いていて、それが事実なのだと示していた。
ますます顔色を悪くするスザクに、C.C.はほくそ笑んだ。
普通に考えれば、年頃の男と女が同衾するという事はそういう意味なのだが、なにせ相手はルルーシュだ。
その考えは残念なことに一切通用しない。
何せルルーシュはその考えには至っていないからだ。
だが、スザクは平静を失っているから、その可能性を考えられない。
勝ったな。
そうC.C.は確信した。
有限の時間しか生きられないスザクはどの道、無限の時間を生きるルルーシュと共に生きることは不可能。たとえお前が私の不死を欲しがっても、これからルルーシュと共に生き、ともに死ぬという未来を考えれば、お前にくれてやるなど勿体ない。私がこのまま持っていくさ。もし死ねなくても、ルルーシュと共になら、永遠の地獄もきっと楽しいに違いない。
言葉を無くしたスザクに、ルルーシュはもう質問はなさそうだなと判断し、この後ナナリーのもとへアーニャと共に行って欲しいとスザクに頼んだ。

「・・・わかったよ、ルルーシュ」

スザクは落ち込んだ表情でそう口にしたため、ルルーシュは再び仮面をかぶった。
その様子を横目に見ながら、スザクはC.C.へ視線を向けた。

「C.C.。今は僕の負けみたいだね。でも、必ず僕のモノにするから」
「無駄だよ。こいつが浮気などすると思うか?しかも同性相手に」
「確かにハードルは高いけど、どうにかするよ」

障害は大きいほど燃えるっていうよね?
諦めるつもりは無いよ。なんなら力づくでも。
させると思うか?あれと二人きりにするわけないだろう?
C.C.とスザクが互いに冷たい笑みでにらみ合い、周りに聞こえないほど小さな声で言いあいをしていると「わすれてた」と、アーニャがぽつりとつぶやいた。

「忘れ物でもしたのか、アーニャ」

どうしても大切なものなら、こちらで回収してくるが?

「ううん。話すのを忘れてた。多分、戦争は終わり。皇帝も近いうちに変わると思う」
「何?」

その内容にC.C.とスザクも言い合いをやめてアーニャを見た。

「噂知ってる?皇帝の病気」
「耳にはしていたよ。実際に大分やつれていたようにも見えた」
「俺も聞いていたが、本当に体が悪いのか?」

やつれた皇帝の姿をルルーシュは見ていない。
その時は豪華で冷たい籠に入れられ、瀕死の状態だったからだ。
スザクやロイド、セシルの話で知っている程度だ。

「理由を知っているのは、私とナイトオブワンだけ。聞きたい?」

そう小首をかしげながらアーニャは聞いてきた。
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